親父が亡くなった時に私が、「東京においでよ。それとも宮崎に帰る?」って問いに、お袋が「できれば神戸に残りたい、離れたくないな」と言った意味が、お袋と過ごす3週間の間で理解してきてたような気がする。
同じマンションの住人との付き合い、友達からの連絡。お袋が慣れない手つきでメールの返事をしてる姿。
毎日のように誰か訪ねてくるか、電話連絡がある。勿論今はね、親父が亡くなったお袋を元気付けるためのことがほとんどだったかもしれない。
でもね、お袋が「やっと、ここで仲間が出来てきたのに・・・」っと言っていた意味が分かった。
宮崎に生まれ育ち、50を過ぎてから、親父以外誰も知らない土地にきて、それでも、少しずつ人との関係を築き上げてお袋なりにここでの生活を楽しもうとしてきたんだと。
たしかに田舎(宮崎)に帰れば懐かしの友人には会えるだろう。でもお袋はもう十年以上ゆっくりと宮崎に帰ることはしてないし、ほとんど連絡もしてないみたいだ。東京に来たとしても、例え私達男兄弟3人いたとしてもおそらく孤独感は強くなると思う。
実母の看病や親父の看病で苦労しながら頑張れたのも、ここで築き上げた仲間の励ましがあってこそだったと思う。
お袋が冗談気たっぷりに、笑った親父の写真を眺めながら、「おとーさんはいつも笑っちょるが(笑ってるが)楽しそうでいいねー。あーこれで、私もお友達のお茶の誘いを断らずに済むわー」っていった言葉に、私は「あはははは、そうやねー。すきに遊べはいいよ」と言いながら、なぜが涙が出そうになった。
本来ならもっと神戸でゆっくり過ごそうとも思ったけど、私にも家族がいる。いつまでもここにいるわけにはいかない。それにここ年末になって、会って打ち合わせがしたいって連絡が数件あったり、プライベートなことで会って相談したいことあるって連絡もあったりで、24日に帰ることにした。
今日、お袋の友人が家に遊びに来てて、帰り際にお袋に聞こえないように「今週東京に戻るんでしょ?お母さんのことは心配ないからね^^ 安心していいからね。大丈夫だから^^」って言葉に、ただ「宜しくお願いします。」と頭を深々と下げる。
きっと私がいなくなれば寂しくなると思う。心配でもある。でもきっとここでお袋が築き上げた友人達がいる限り大丈夫だと思う。そう思いたい。